秋山錠剤株式会社は、1925年(大正14年)に創立してから、約1世紀に及ぶ歴史があります。
小さな研究所から始まり、時には不可能といわれるような困難にも、努力や創意工夫により乗り越えてきました。技術革新と様々な試練に挑戦し続けた歴史でもあります。
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創立者 秋山市郎像
関東大震災の2年後、東京がようやく復興の兆しを見せ始めた大正14年に、創立者の秋山市郎(当時32歳)と妻は、現在の東京都品川区にあたる地で「秋山研究所」という看板をかかげました。
製薬会社からの委託で、薬の原料を錠剤に加工することを主な仕事としていました。
小さな工場でしたが、そこには活気がみなぎっていました。ここから秋山錠剤の歴史は始まります。
秋山研究所の始まり
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昭和39年に建設した工場
(写真は糖衣機) 戦後、プレス工場を改良した工場で操業を再開。
組織は現在の秋山錠剤株式会社として再出発しました。
昭和39年6月に新社屋が完成。この新社屋の完成により生産能力は大きく上昇しました。それに合わせて売上が上昇するとともに、この新社屋もすぐに手狭となったため、隣接地に新社屋を建設することになりました。(昭和44年1月完成)
その後、平成20年3月には念願の「福島工場」を新設し、本社と福島工場の2工場体制で医薬品産業発展の一翼を担っています。
新社屋建設と現在
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福島工場は福島県西白河郡に位置し、21,329㎡という広大な敷地を有しています。大自然の中、先進設備を駆使して高品質な製品作りをしています。
人々の命や健康にかかわる事業内容ですので、環境保全は重要な課題と捉えており、徹底した環境管理はもちろんのこと、高度な製造管理と品質管理でお客様の多彩なニーズに応えるフレキシブルな生産体制を完備しています。
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福島工場では、個別センサーによる温度や湿度、室間差圧の監視システムを採用しており、クロスコンタミの防止や作業環境の最適化を実施しています。
また、太陽光発電システムを導入しており、環境負荷の低減に取り組んでいるほか、防虫対策などの環境管理も徹底しています。
高度な製造管理と品質管理
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福島工場に設置されている数々の先進設備と、長年培ってきた受託製造ノウハウのかけ算により、高品質で効率的な生産体制を確立しています。
先進設備を駆使した生産体制
白河だるま

江戸時代の藩主・松平定信の時代に縁起物の一つとして売り出された張り子のだるまです。
大願成就のだるまとして、願いや目標を込めて片方の目(左目)を入れ、かなった時にはもう片方の目(右目)に入れる風習があります。
毎年2月11日は「白河だるま市」が開催され、市内外を問わず多くの人々が訪れています。
白河だるまの原型は、市の重要文化財(伝統工芸品)に指定されています。
国指定史跡 白河小峰城

白河小峰城は、南北朝時代の興国~正平年間に結城親朝が、小峰ヶ岡の丘陵を利用して築城したことが始まりとされています。
江戸時代に、初代白河藩主の丹羽長重が城郭等の改修を開始。約4年をかけたこの改修では、本丸・二の丸等に多くの石垣を使用していることが特徴です。
戊辰戦争の時に、城は落城・焼失しましたが現在は都市公園として整備され、平成3年に三重櫓、平成6年には前御門が木造で復元されています。平成22年に国指定史跡となりました。









