薬は、私たちの生活や文化に自然に溶け込んでいるため、普段あまり意識することがありませんが、ことわざの語源から日本の伝統行事まで様々な場面に登場します。それらの意味や背景を改めて知ると、「そういうことだったのか!」と膝を打つこともあれば、誰かに話したくなることもあるでしょう。そんな薬や健康にまつわるうんくち話を紹介するコーナーです。
1月7日は、江戸時代には一年の節目を意味する五節句の最初の日である人日(ジンジツ)として祝われていました。この日に七草粥を家族揃って朝食時にいただき、今年一年の邪気を払って健康に過ごせるように祈りを込めたそうです。
- 「セリ」消化を助け、精神安定と食欲増進。
- 「ナズナ」視力によく、風邪気を去り五臓に良い。消化機能を整える。
- 「ゴギョウ」吐き気を止め、熱を取る。
- 「ハコベラ」排尿によい。胃炎・胃弱や歯槽膿漏の予防。
- 「ホトケノザ」歯痛によく、打撲・筋肉や骨の痛みに効く。
- 「スズナ」音声をよくして下痢によい。胃を丈夫にして消化を助ける。
- 「スズシロ」痰を止め、胃を丈夫にして消化を助ける。
これらの効用はお正月のご馳走攻めで疲れた胃を休めるためによいとされています。
立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれ前日のことを季節の分かれる日という意味から節分といいます。一般には、特に立春の前日のことを節分といい、炒った豆を年神に供えた後、年男が「鬼は外、鬼は外、福は内」と呼ばわりながら撒きます。撒かれた豆を自分の年の数だけ、あるいは年の数+1だけ拾って食べ、一年の無病息災を願う風習もあります。また、いわしの頭を焼いて、ヒイラギの枝に刺し、家の入り口に挿す風習もあります。悪臭で邪気が家に入るのを防ぐという意味だそうです。
元々は3月3日と限らず、3月上旬の「巳の日」に行い、「上巳(ジョウシ)の節句」と呼ばれていました。中国では桃は邪気を払う力があるとされ、桃の花を飾る習慣がありました。桃の果実はかなりの糖分を含むため、病人に活力を与えたところから仙果とよばれていたということです。また、桃の字の「兆」は割れるとか開き始めるという意味があり、妊婦の兆しや安産を象徴する果実となり、女性のお祭りに使用されるようになったと考えられます。ちなみに、桃の種は「桃仁(トウニン)」とよばれ、血をめぐらせ、排便を促進し、女性によく使用される漢方薬の構成生薬です。
端午とは月の初めの丑の日という意味です。以前は5月5日に限ったものではなかったようですが、重日思想(月数と日付が一致する日付を特別な日だと考える思想)により、この日を指すようになったということです。端午の節句は薬日ともいわれ、宮中などでは医薬と関係のある行事を行っていました。旧暦のこの季節は、梅雨が始まる時期で、湿気の多い日本ではいろいろな病気が発生しやすい時期だったからだといわれています。また、この日に菖蒲湯に入る風習があります。菖蒲には身体を温める作用があり、これにより身体の中の異常な水分を正常に戻す働きがあります。漢方薬では、しびれや麻痺、食あたり、食欲不振、下痢などに使用される処方に使われます。
七夕(タナバタ)は、江戸時代の正式な式日であった五節句の1つです。いくつかの伝説や行事が複合されて現代に伝わっています。いちばん有名なものが、織女姫と牽牛星の星伝説で「天帝の娘織姫と牛飼いの牽牛夫婦があまりに仲がよく、仕事をしなかったので天の川で隔てて別居させ、年に一度だけ会うことを許した」というもの。江戸時代の頃から七夕の行事の一つとして、願い事を書いた短冊を笹竹に吊るして飾ることが定着したそうです。ちなみに、民間薬として長い間使われてきたクマザサは竹と異なりイネ科の植物です。クマザサは漢方の処方で使われる事はありません。胃・十二指腸潰瘍にクマザサエキスを連用すると、症状が改善されるという報告があります。クマザサの細胞膜を熱水で溶かした多糖体成分が細胞の創傷面を修繕してくれるのです。
9月9日の節句で菊の節句とも呼ばれています。五節句の最後を締めくくる節句ですが、現在では忘れられた節句という感があります。元々は、自分や家族の長寿と一家の繁栄を祈る行事です。宮中で端午の節句に付けられた薬玉を、重陽の節句に菊花と呉茱萸(ゴシュユ:みかん科の植物)の入った袋と取りかえるという行事があったそうです。呉茱萸は、身体を温める作用が強く、冷えによる腹痛や頭痛、下痢、嘔吐などに使用される生薬です。旧暦で考えると、寒い冬に向かうこの時期に、寒さによる病気の予防に願いを込めた風習であったと思います。
年中行事には無いようですが、七つの生薬はいずれも生薬として用いられています。
- 「ハギ」めまい・頭痛に根を煎じて飲む。
- 「ススキ」風邪の解熱に根茎を煎じて飲む。
- 「クズ」風邪のひきはじめに根を煎じて飲む。
- 「ナデシコ」むくみのときに利尿に使う。
- 「オミエナシ」腫れ物・解毒・利尿に使う。
- 「フジバカマ」皮膚のかゆみに入浴剤として使う。
- 「キキョウ」のどの痛み・咳に根を煎じて飲む。
秋は乾燥したりつめたい空気により、五臓の肺が侵されやすい季節です。秋の七草はこの季節の風邪、頭痛、皮膚炎などに効く植物が集められており、先人たちの知恵には驚かされます。
24節気の1つで1年で最も昼が短く夜が長い日。この日にカボチャを食べ、ゆず湯に入るという風習があります。カボチャには、体内でビタミンAに変化するカロチンがたっぷり含まれています。ゆず湯では、皮に含まれる精油の効果で身体が心まで温まり、しもやけやあかぎれにも効果があります。寒さが厳しい折、風邪などの予防にゆず湯に入り、カボチャを食べて無病息災を祈る。どちらも、冬本番に備える「風邪予防」の知恵といえるでしょう。
古代中国で生まれた医学は、奈良時代に日本に伝来し独自の発展を遂げました。江戸時代末期に西洋医学が伝えられこれを「蘭方」と呼び、今までの日本の医学は中国の漢の時代に由来する医学として「漢方」と呼ばれるようになりました。現在の中国では伝統医学を「中医学」と呼んでいます。古代中国医学に由来するため同じような治療法や薬を使いますが、診断方法や構成される生薬の種類および量などが異なります。
ドクダミなど植物をそのままお茶などにして薬効を期待して飲む場合がありますが、これは民間薬であり、漢方薬とは異なります。漢方薬は中国の古典に構成される生薬の配合比率や煎じ方など、理論に基づいた治療法が確立されており、「葛根湯」「八味地黄丸」などの処方名が決まっています。民間薬は親から子、子から孫に伝えられた伝承薬であり、ほとんどが一種類の生薬からなり、用法用量も詳細には決まっておらず、植物名で呼ばれています。
中国では伝統薬は「中薬」と呼ばれていますが、日本の観光客相手に「漢方薬」という名前で販売しているところもあります。中国の近代化政策と技術革新によって、薬の品質向上が進んでいます。しかし、有名な薬の類似品などが横行しているのも確かです。また、日本では副作用の危険があるということで、使用されていない生薬が使われていたり、合成薬の成分を含んだ薬が「漢方薬」と称して販売されていることもあり、日本で副作用の問題が取り上げられたこともあります。服用するときは、お医者さんに相談しましょう。
オリンピックなどではスポーツ選手が競技成績を上げるため、ある種の薬物を使うことを禁止しています。禁止された薬物を服用したかどうかの検査をドーピング検査といいます。漢方薬の構成成分の中にも、この禁止された成分を含む生薬があります。かつて、風邪薬として麻黄(マオウ)の配合された葛根湯を服用した選手が、ドーピングにかかり出場できないことがありました。麻黄の主成分がエフェドリンであったことが原因ですが、その他にも茶葉(チャヨウ)のカフェイン、呉茱萸(ゴシュユ)のシネフィリンなどが該当します。
生薬は植物や鉱物などの天然物を、薬品として用いやすくするために、様々な加工をします。これを修治(シュウジ、シュウチ)あるいは炮製(ホウセイ)といいます。より効果を高めるためや毒性を減らすため、さらには異なった効果を引き出すためなど、それぞれの生薬により修治の目的は異なります。水につける、酒で蒸す、火であぶる、炒めるなどの方法のほかに、茎の節を取る、根のひげ根を取るなどの加工をする生薬もあります。
「お酒が五臓六腑にしみわたる」といった言い方を聞いたことのある人も多いと思います。五臓とは肝・心・脾・肺・腎です。六腑とは、胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦(サンショウ)です。それぞれ西洋医学の臓器と同じ用語を使っているため紛らわしいのですが、意味しているものはかなり隔たりがあります。例えば、「腎」の概念は、腎臓の機能だけではなく泌尿器や生殖器の機能も含めた意味を持っています。
中国の古い医学書に「御屠蘇は、疫病から人を守る。八種類の生薬を刻んで赤い袋に入れ、大晦日に井戸につけて水を清らかなる聖なるものにする。正月早朝、日の出とともにそれを取り出して、酒で煎じる。東方に向いて、年齢の若い順から飲む。」ということが記されています。現在では、様々な効能を考えて生薬の種類も工夫された御屠蘇が年末に売られています。前記の医学書には「一人が飲めば一家が無病無疫。一家全員が飲めばその一家の一里四方が無病無疫。煎じカスを井戸へつければ一年中無疫である。」とも記されています。